今日の読売新聞に、奈良時代(700年代)の日本に「ペルシャ人」の役人がいたというニュースがありました。
ペルシャ人というのは、あのペルシャ絨毯やペルシャ猫のペルシャです。つまり、現在のイランに当たるわけですが、今から1300年も昔に日本にいたという事実を知り、大変驚きました。
調べてみるとシルクロードを通って日本にやってきたようですが、当時の中国では宗教、芸術に始まり衣食住の分野に至るまで、イラン文化全盛ともいうべき大流行を見せたそうです。その流れで日本にやってきたのでしょうが、飛行機も電車も無い時代に途方も無い距離を移動してきたそのペルシャ人の人達は、大変勇気と行動力のある人達だったに違いありません。いったい何日かかって到達したのでしょうか?大変興味深い話です。
さらに調べて見ると、どうもこのペルシャ人は日本から中国に派遣された遣唐使に同行してやってきたようです。
付いてきたペルシャ人も凄いですが、連れて帰ってきた遣唐使達も大胆です(笑)。いったいどういう交渉をして連れてきたのでしょうか?遣唐使はいわゆるエリート達ですから、当時の日本の発展に役立つ情報やスキルをこのペルシャ人が持っていると考えたのかも知れません。このペルシャ人は、日本で階級も与えられたようですから、きっと高いスキルを持った人だったに違いありません。
この100年で社会は猛烈な勢いで技術革新し人間が出来ることは増えてきましたが、行動力だけで言うと当時の人のほうが先進的だったかもしれませんね。
忙しくて数日blogを更新出来ませんでした。
さて教室長はサラリーマン時代に最大で60名ほどの組織をマネジメント(中間管理職は何名か居ますよ)したことがあるのですが、大勢の人数を見ていると「計画性を持って仕事をする人」「行き当たりばったりで仕事をする人」の仕事の成果の差は非常に大きなものがありました。
信賞必罰の会社でしたので、結果、年々給与やポジションが上がっていく人と、ずっと横ばいの人、入社時より下がっていく人など、多種多様な風景を見たものです。お給料で言うと、30歳くらいの年収で最大2倍以上は差が付いていました。
計画性を持って仕事をする人を見ていると、簡単な仕事はすぐに終わらせる、難易度が高い仕事は事前に上司に仕事の進め方の確認や、場合によっては自分一人で対応が難しい場合は周囲への協力を依頼するなど、仕事全体を広い目で俯瞰し、段取りをきちんと組んでいます。行き当たりばったりの人は、この俯瞰した目線を持てておらず、まさにいま頭に浮かんだ業務だけを仕事の難易度や締切を考えずに進めているのです。
では、そういった良い仕事のやり方というのは、どこで差が付くのでしょうか?やはり、新入社員1年目でどういった教育を受けるか?というのが大きいと思います。まっさらな状態のタイミングで、会社が体系的に指導出来るよう、所属する部門や上司ときちんと連携して対応した社員は、全員とは言いませんが多くがきちんとした仕事のやり方が身につきます。
これを学生に置き換えると、小学校1年生のタイミングと同じと言えます。ピカピカの1年生(新入社員)は、何色にも染まっておらず、やる気に満ちあふれている訳です。そのタイミングであれば、素直に色々な「正しい進み方」を先入観無しに吸収出来ます。これが色に染まってしまった3年生や4年生になると、なかなか素直に・・・とは行きませんよね。
ピカピカのタイミングで、ご家庭(部門や上司)であったり、学校(会社)がどういった環境を用意してあげられるか?非常に重要なことです。
そのタイミングで適切なフォローが出来ずに、きちんとスキルが身につかなかった場合は、次は部署異動や転職というタイミングを待たなければなりません(自分で自己研鑽して気付く人もいるでしょうが)。これも学生に置き換えると、中学校入学や高校入学というタイミングと言えるのでは無いでしょうか?
さらにそれらのタイミングでもスキルを身につけるチャンスを逃してしまう場合もあるでしょう。チャンスを逃す回数が多くなると、段々とチャンスは巡ってこなくなります。会社で言うと、閉職に追いやられるか、辞めざるを得なくなる訳です。
良い仕事が出来る、良い勉強が出来る両方とも同じなんでしょうね。適切なタイミングで適切なスキルアップの環境を用意し、良い波を作って上げる。という事です。
英語を苦手とする生徒の特徴として、be動詞と一般動詞の区分が付かないケースが多いです。
be動詞は「私は男〜です。」というように、文章の主語の状態を表しています。一方で一般動詞は、「私は歩く。」というように、具体的な動作を指し示す時に使います。ところが、英語が苦手な生徒は、「状態」や「動作」という説明をしても実はそれらの言葉の日本語としての意味自体が捉えられていないケースが多く、当然ながら日本語で区別の付かないものを英語で区別を付けるのはその生徒にとって難しいことなのでしょう。
これは別に英語に限った話ではなくて、数学の文章題でも同様の現象があります。例えば昨日もとある中学1年生の生徒の数学を指導しておりましたが、「食塩濃度」という言葉が理解出来ていませんでした。食塩水の実験自体は多くの生徒が小学校で学んでいますし(当然食塩濃度という言葉は出てきます。)、そして食塩濃度は割合の問題ですが、割合自体も小学校5年生で学習しています。
今回の生徒の課題を分析すると、食塩水自体がどういったものであるかはさすがに理解していましたが(時に食塩水自体を知らないケースもあります。)、濃度という言葉の意味(=語彙)が理解出来ていないこと、割合の仕組みや公式を理解出来ていないことから問題で躓いていたと言うことになります。フォローの手順としては、この語彙の説明並びに、公式の説明と段階を踏んで説明していきます。
まだ一つの語彙の躓きであれば良いのですが、一つの問題の中に二つも三つも語彙の躓きがあると厄介です。指導する側は教えれば良いだけなので構わないのですが、生徒の側は「自分は何も分かっていないんだ・・」と中学生ともなると自信を失うことになります。よくよく生徒に話を聞いてみると、友達や周囲との会話で実は良く意味が分かっていないことが度々あり、適当に話を合わしていることが多い・・という話も何度もありました。
やはりそうならないように、小さな頃から「本の読み聞かせ、説明」「自分自身でも沢山本を読む」「分からない言葉は辞書で調べる」といった基本的な習慣を身につけるべきです。後から大量にそれらを身につけようととしても、現実的には時間が足りません。
ただ、現在共働き家庭が大半を占め、「読み聞かせ」や「辞書調べ」の時間が取れないご家庭も多いです。そういったご家庭には、当教室でオプションメニューとしてご用意している「ことばの学校」などのカリキュラムを利用してみるのも一つの手では無いでしょうか。
学習塾を経営していると避けられないのが、生徒の思春期問題です。
問題と言っても一つではなく様々な現象が起こります。生徒の表情や仕草などを見ていると、「そろそろ何か起こりそうだな?」と、経験則上でだいたい分かります。
「最近何か悩んでない?」と尋ねると、そういった生徒はたいてい無言答えません。何かありますと言っているようなものですが具体的に悩みを答える生徒は少なく、 「いつでも相談受けるからね」とその場では伝えるようにしています。あまり根掘り葉掘り聞いても良くありませんし、かと言って保護者さんに伝えると、生徒からすると「裏切られた」みたいな状況になってしまう場合もあり、気付いたのは良いけど対応が難しいものです。
先週もとある生徒がまさにそういう状況でした。数少ない会話の中で推測するに、おそらく友達関係だとは思いますが、保護者さんにも相談しておらず自分の中だけで苦しんでいるようでした。生徒へは「もし自分で親に言いづらいのだったら、代わりに言って上げることもできるからね。」とだけ伝えましたが、この対応で良かったのか悪かったのか・・・。
もし緊急度が高いならば、早めに保護者さんに伝えた方が良いでしょうし、過去にそれでギリギリフォロー出来たケースもありました。今回のケースは果たしてどうなのか?授業が終わってからも、少し考え込んでしまいました。経過観察して、状況が改善していないのであれば保護者さんに確認する・・というステップで良いのか?なかなか難しいです。
学習塾という立場よりも、子供達の周辺にいる一人の大人として毎回考えていますが、答えがなかなかありません・・。
本日24日土曜日も朝から2学期中間テスト対策を実施しています。
午前中は授業参観の学校が多かったので少数でしたが、昼からは座席が満席になりました。
今日は指導に大変苦労している一日です。
どういうことかと申し上げると・・、
今回中間テストの範囲で、中学2・3年生の数学で関数が出題されています。この単元をやる時期は我々(他の学習塾でも同様でしょう。)にとって大変悩み深く、生徒にとっても「比例」という考え方が理解出来ていない場合、本当に苦痛に感じる時期です。「比例」だけでなく、その前にやった「方程式」も分からないとなると手の付けようがありません。
では「比例」が分かっていない生徒はどうすれば良いか?ですが、「比例」の考えの基本に立ち返るしか有りません。単元で申し上げると、関数や比例に関係する知識は、小学校4年生の「ともなってかわる」という単元から始まり、5年・6年と段階を踏んで勉強しています。よって根本的に考え方が理解出来ていない生徒は、ここまで戻らないといけないわけです。
例えば、お店で一つ50円のお菓子を1つ買うところを、2つ買うとするならば値段は2倍の100円になります。このときのお菓子の数と、買い物した値段の関係を比例と言いますが、まさにこういった言葉の解釈が出来ない生徒が今の小学校・中学校には非常に多く存在します。
比例の概念のさらに基本的な考えとして、「倍の計算」という単元があり、多くの小学生そして中学生の中に、この単元を理解出来ていない生徒も、そこそこの割合で存在しています。そうなると、倍の計算も復習しなければならず、遡りは小学2年・3年まで戻らないといけない・・・と言うことになります。
理解出来ていないといえ、そこまで遡ると生徒も「自分自身にがっかり」します。しかし、理解出来ていないのに、中途半端に復習しても仕方ありませんから、理解の状況に応じて適切な箇所まで遡ります。
今回のテスト対策授業でも、夏休み前から各自の状況を掴み関連単元の復習をずっと続けてきて、ようやく学校のテスト範囲に到達した生徒、まだテスト範囲までは距離がある生徒など、様々な状態の生徒がいます。なんとか少しでも理解を積み重ねて貰えるよう懸命にサポートはしているものの、テスト範囲の大量のインプットが確実に定着するまで、何度も何度も問題を繰り返し解くことは生徒も指導する講師も大変疲れるものです。
そうは言っても、来週以降各中学校のテストは実施され、生徒達は問題に直面しますので、諦めること無く指導を続けていくしか有りません。ちょっと口っぽいblogでしたが、出来ていない・理解出来ていないという状況を中学校まで持ち越さないことが一番の対策であることは言うまでも無く、いま小学校の生徒さんには出来るだけ取りこぼしがないよう、毎日の勉強を進めてもらいたいものです。